「跋渉(ばっしょう)」とは、山野を越え、川をわたり、歩き回ること。
今回の山行を見事に表現した言葉だ。
それではさっそく黒部針ノ木跋渉記をはじめることにしよう。
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昨年の夏、ネットサーフィンで見つけた「針ノ木谷古道復活」の文字に目がとまった。古道に沿って流れる針ノ木谷といえば黒部湖にそそぐ憧れの沢。いつかは行ってみたい渓だった。
「針ノ木峠は古くから知られている。1584年(天正12年)12月に小牧・長久手の戦いで豊臣秀吉と戦った徳川家康に、豊臣方との和睦を破棄し徹底抗戦を主張するため富山城主の佐々成政が浜松城へ面会に行ったとき、百人程の一行で厳冬期のこの峠を越えたとされている。」<ウィキペディアより>
その後、黒四ダムの建設によって平の渡しになってからは登山者もめっきり減り、この道は廃道同然となっていた。若いころ小屋への荷揚げで毎週のようにこの道を通ったという船窪小屋を営む松沢宗洋さんが、古道を復活させたいと数年前に2年がかりで開通させたという。歴史の重みをひしひしと感じるこの古道に興味津津となった私は、昨年の夏休みにこの古道を辿る単独行の計画を立てた。しかしながら雨続きの悪天候で断念となった。
あれから1年、今年のシルバーウィークにメンバーからほぼ同ルートの計画案が出された。直前になってリーダーがキャンセル。繰り上げで私がリーダーとなり、サブのSさん、Nさん、T嬢、S嬢の5名のパーティーで絶好の天候のもと計画は実行された。
<日程>
■9月19日(土)
扇沢⇒黒部ダム⇒平の小屋(泊)
■9月20日(日)
平の小屋⇒平の渡し⇒針ノ木谷⇒船窪出合(泊)
■9月21日(月)
船窪出合⇒針ノ木沢遡行⇒針ノ木峠⇒針ノ木雪渓下降⇒扇沢
<1日目>
扇沢からトロリーバスで黒部ダムへ。スキーヤーでごった返す時期にしか訪れたことがなかったが、今日は観光客に交じってのんびりだ。ダムを渡って黒部湖沿いの道を歩き始めた。ロッジくろよんの先の山道はハシゴのアップダウンありで結構歩きごたえがあった。対岸の雲が晴れて針ノ木岳とスバリ岳が姿を現した。黒部湖では遊覧船の「ガルベ」がひっきりなしに往復していた。あれで小屋まで乗せていってくれないものか。途中何本かの沢を巻きながら進んだ。小屋手前の中ノ沢で毛ばりを流してみた。さっそく反応があった、が痛恨のバラシ。イワナはいる。のんびり歩いたおかげで4時間半かかって平の小屋に着いた。かなり立派な小屋だ。
沢を渡る |
丸太の橋 |
梯子の階段 |
針ノ木岳とスバリ岳 |
遊覧船「ガルベ」 |
平乃小屋 |
チェックインしてほどなく、イワナの様子を見にヌクイ谷へ。河口から釣り上がった。水量が多く流すポイントは少ない。淀みのポイントを見つけて毛ばりを浮かべた。黒い影が毛バリに飛びついてきた。手繰り寄せると精悍な顔つきの8寸の天然黒部イワナだった。カメラに収めてそっとリリースした。
ヌクイ谷の河口 |
黒部イワナ |
その夜、小屋犬のモモが盛んに吠えていた。どうやらクマがたずねてきたようだった。
<2日目>
6時の渡しで対岸へ渡った。山歩きで船に乗る機会もなかなかない。対岸で上の廊下と奥黒部ヒュッテに向かう2組と別れ我々は針ノ木谷へ進んだ。
まもなく避難小屋を過ぎて谷へ回り込んだ。しばらく進むと日の出前の薄暗い中に輝く針ノ木谷が見えてきた。針葉樹林を流れる開けた沢だった。
昨夜、小屋の主人から仕入れた情報をもとに、今日は下流域で3手に分かれての釣りとなった(古道入口の上流に魚止めがあり、ビバーク地点の船窪出合付近に魚はいないとのこと)。Nさんは下流域の本流、Sさんは南沢、私が南沢出合上の本流。結果はNさん2尾、Sさん1尾、私が10数センチ3尾(全てリリース)だった。人煙乏しい深山としては甚だ魚影が薄いと言わざるを得ない。ここまで山奥の渓を釣っていると確実に魚が走るものだが、それがまったくなかった。期待は大きくはずれた。とはいえNさんは渓流釣りが今回で2回目。今夜のごちそうを手に満面の笑みだった。Sさんが釣った最大サイズを筆頭に3尾をキープして遡行を開始。
最初の橋(この先に橋はなかった) |
古道の看板 |
南沢出合 |
針ノ木谷本流の渓相(南沢出合上流) |
針ノ木谷本流の渓相(南沢出合上流) |
沢に遊ぶ女子 |
南沢出合下流 |
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古道(高巻道)までは針ノ木谷の渡渉が何度か続いた。登山靴では難儀すると思われた。途中、単独者数名と、パーティ数組と出会った。マイナーコースとはいえさすがは北アルプスである。谷筋を1時間ほど進むといよいよ古道の高巻が始まった。もう少し谷沿いにつけてくれればと思うぐらい標高を上げる巻道だった。3、40分ぐらい登ってようやく水平のトラバースになった。古道でも2名の単独者に会った。古道の入口から1時間ほどで視界が開けてガレ沢に出た。ここで高巻終了である。
針ノ木谷の遡行 |
針ノ木谷の遡行 |
高巻終了地点のガレ沢 |
高巻道の看板 |
高い陽がじりじりと照りつける中、巨大な岩が我々を睨みつけていた。そのたもとの白い花こう岩の中を針ノ木谷の清流が流れていた。何度か渡渉してビバーク地の船窪分岐に到着した。
当初は沢定番のタープ泊の予定だったがそこは標高1850m。相当の寒さが予想されたためワンポールテントとツエルトを持ちこんだ。さっそく設営し焚き木集めに奔走した。すっかり陽が落ちたころ上流から男女2名が下りてきた。彼らはわれわれの対岸にテントを張っていた。さあお楽しみ、いよいよたき火の時間だ。薄暗くなったころ火を入れた。
ワンポールテント |
ツエルト |
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たき火を囲んで至福のひと時が始まった。たき火に渓の恵みをかざし、ビリー缶を無造作にぶち込んだ。今夜のために持ち込んだウィンナーとマシュマロを焼き、Sさんが持ってきた唐揚げをフォイル蒸しして酒のつまみにした。マーボ春雨とイワナの塩焼きで腹を満たしてからもどんどん酒がすすんだ。〆はイワナのコツ酒。こうして楽しすぎるひと時が過ぎていった。
渓の恵み |
楽しい楽しいたき火の時間 |
たき火 |
たき火にはビリー缶がよく似合う |
<3日目>
朝4時に目が覚めた。あたりは真っ暗で、谷間にのぞく星空のもと渓の音だけが響いていた。メンバー達はまだ夢の中だ。たき木に火を入れ暖をとった。沢水を汲んだビリー缶をたき火に放り込んだ。5時も過ぎ、しばらくたってから空が白み始めた。渓が目覚めてきた。そのころメンバーが起きてきた。たき火で沸かしたお湯でコーヒーをすすった。朝のたき火も心地がいい。対岸の二人は早々に発っていった。スープパスタで朝食をとりながらのんびりと過ごした。撤収が終わり出発は7時過ぎになった。
今日は沢伝いに700m登り、針ノ木雪渓を1100mくだらなければならない。沢装備でのスタートだ。朝陽がそそぐ美渓を歩くこと20分ほどで針ノ木沢出合いに着いた。出合い付近には一斗缶がある絶好のテン場があった。
遡行開始 |
針ノ木谷源流を行く |
針ノ木本谷出合の標識 |
ビバーク適地 |
最初は巻道を進んだが一旦渓に下りてからは積極的に水線をたどった。小釜の巻きや小滝のシャワークライミングなど楽しい沢登りとなった。巻道を下るご婦人お三方を横目に軽快に登っていった。谷間から稜線がのぞきこれから向かう針ノ木小屋が小さく見えていた。Nさんは小屋のラーメンを楽しみにしていた。2時間ほど登ると水流も細くなりやがて消えていった。「水」と書かれたところが最初の一滴だった。谷筋から山道に変わったところで登山靴に履き替えた。
針の木沢を攻める |
小滝のクライミング |
小滝のクライミング |
小滝のクライミング |
小滝のクライミング |
小滝のクライミング |
針ノ木小屋が見えてきた。遠いな~。 |
水場の記し |
最初の一滴 |
小屋までまだまだだね~。 |
「痛っーーー!!!」S嬢が叫んでいる。ハチにさされたようだ。親指と人差し指の間の付け根が腫れている。痛みでしばらく唸っていたがやがて収まったようだ。一時はどうなることかと思ったがなんとか再スタート。
登るにつれて木々が色づいてきた。紅葉の先鋒はナナカマドだ。赤い実とともに葉が真っ赤に染まっていた。正面に見える針ノ木岳山麓は赤や黄に色づき秋空に鮮やかに映えていた。森林限界を超えたころ振り返ると我々が辿ってきた沢筋が谷底からはっきりと確認できた。よくぞ登ってきた、と感慨もひとしお。最後の胸突き八丁を登りきるとようやく針ノ木小屋に躍り出た。
ナナカマドの紅葉 |
黄葉。紅葉。 |
登るほどに黄葉してきた |
針ノ木沢一望。よく登ってきたな~。 |
最後の胸突き八丁 |
針ノ木小屋 |
小屋では多くの人が思い思いに過ごしていた。針ノ木谷側から登ってきた我々にご婦人が興味津津のようで盛んに話しかけてきた。Nさんは真っ先に小屋に飛び込みラーメンを注文していた。
針ノ木峠。ここが今回のピーク。 |
針ノ木峠のテント場 |
しばし休憩 |
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しばらく休んでから針ノ木雪渓を下り始めた。雪渓歩きはほとんどないようで簡易アイゼンは不要とのこと。ガスに覆われた谷のジグザグ道を黙々とくだった。日本3大雪渓のこの谷は雪崩の巣でもある。その地形はいかにも雪崩れそうな形状だった。岩陵が迫るノドと呼ばれるところはいまだ雪渓が残り左岸に巻道が付けられていた。これが結構な難所で鎖の連続だった。そこを過ぎてからも雪渓は続き我々は巻道に追いやられた。おかげでコースタイム2時間の大沢小屋まで3時間以上かかってしまった。大沢小屋からは約1時間で扇沢に到着。こうして楽しく充実した3日間が終了した。
針ノ木雪渓上部を下る |
高巻道へ |
のどの入り口 |
のどの下部 くさりの連続でした。 |
針ノ木雪渓ののど |
雪渓を下る |
針ノ木雪渓を見上げる |
大沢小屋 |
登山口到着 おつかれさまでした~。 |
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今回の山旅、ピークが針ノ木峠でいわゆる山のピークハントが目的ではなかったが、湖の渡航あり、釣りあり、焚き火あり、そして沢登り、雪渓下りありと、実に変化に飛んだ楽しい山行となった。このようなバリエーション的ルートを開拓するのも一考である。